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神本竜之介との決闘

ゴウッと強い風が吹く。なびく長髪に気を取られることなく、神本竜之介の目と木刀の先端は真っ直ぐにぼくを捕らえていた。ぼくも負けじとにらみ返し、木刀を強く握る。

 

「覚悟はいいんだろうな」

 

ぼくが言うと、神本は「うん」とにこやかに言った。いよいよだ。いよいよ、こいつを倒せる時が来る。今日まで、本当に辛かった……。

 

未来と別れてから一週間、ぼくはひたすらふて寝をしていた。未来との初デートやファーストキスを思い出しながら、ただただ涙を流していた。

振ったのは自分だけど、元を辿れば先に未来に手を出した神本竜之介が悪いのだ。以前未来が何気なく教えてくれた神本のアパートに押し掛けようと決断するまでに、時間はかからなかった。

神本が玄関を開けたとき、ぼくと神本は互いに5秒ほど固まってしまった。真っ直ぐな目、唇の形、そして何より、持つ空気そのもの──。

「同じだ」と思った。これまでも似ていると思っていたけど、まさかこれほどとは思わなかった。

名乗ってから決闘を申し込んだ。ぼくが勝てば、神本は未来に何をしてきたのかを正直に言い、ぼくに誠心誠意謝罪する。神本が勝てば、ぼくは神本と未来の交際情報をマスコミにリークしないと約束する。平等な条件だった。

覚悟していたのか、神本は「いいだろう」と即答した。ただし顔は傷つけられない──そこで彼が選んだ方法が、剣道だった。

 

「じゃあ、行くよ」

 

神本は不気味なぐらい爽やかに笑って言った。そして何故か片足立ちをし、ぴょんぴょんと跳び始めた。防具を全身につけているのに軽やかな弾み方だった。

 

「縮地!」

 

そう叫んだかと思うと、神本は目にも止まらぬスピードでこちらに突っ込んで来た。顔面に向け木刀を真っ直ぐに突く。

 

「うわっ!」

 

木刀でかろうじていなしたと思ったのも束の間、今度は連続攻撃を仕掛けてきた。

 

「わたっ!たっ!ちょ、おい!」

 

後ずさりしながらめちゃくちゃに木刀を振り回したけど、正直、反射神経でかろうじて直撃を免れているだけだった。は、速すぎる!こいつ、なんなんだ!?

神本の大振りを渾身の力で弾き、距離を置いた。互いに体勢を整える。

 

「お前、まさか……」

「そう。るろうに剣心の瀬田宗次郎さ」

 

やっぱりそうか。言われてみれば、神本竜之介は昔るろうに剣心の映画に出ていたような気がする。るろうに剣心は興味ないから予告しか見てなくて忘れてたけど……。

 

「ぼくは、自分が過去に演じたキャラクターができることは完全に再現できる力を持ってるんだ。瀬田宗次郎というのは神速の技を持つ剣の達人でね。悪いけど、君にぼくは倒せないよ」

 

不敵に笑う神本に、ぼくは笑い返した。

 

「ふっ……それがどうした?漫画のキャラクターの技を使えるのが、俳優の自分だけだと思うなよ」

「何!?」

「一般人だと思って加減しようと思ったけど……。お前がその気なら、ぼくも本気で行かせてもらう」

 

ぼくは一瞬目を閉じて精神を統一してから、ゆっくりと目を見開いた。

 

「訊くけど……お前が使える技っていうのは、それだけなのか?」

「だったら……何だ?」

 

ぼくの雰囲気がさっきまでと違うことに気づいたのか、神本が少し緊張した面持ちで答える。

 

「じゃあ、お前の負けだな。さっさと来いよ」

「一発で仕留めてあげるよ。縮地!!」

 

神本は叫び、姿を消した。目にも止まらぬスピードで縦横無尽に駆け回る。フェイントのつもりか。どこからともなく、叫び声が聞こえてきた。

 

「瞬天殺!!」

 

一瞬だけ神本の姿を目で捕らえ……今度はぼくが叫んだ。

 

「ミスディレクション!!」

 

──神本の剣は、空を切った。

 

「外れた!?いや……いない!?」

 

神本が焦ってキョロキョロと周りを見回す。

 

「おい!どこにいるんだ!?み、みす……でぃれくしょんだと?」

「神本……お前、この技を知らないのか?」

「きゅ、急に現れた!」

 

神本が目を丸くする。

 

「未来の元カレだったくせに。これはな、未来が一番好きだった漫画、黒子のバスケの主人公が使える技だ!」

「な、何!?」

「自分の存在感を消すことによって姿を消すことができるのさ」

「だ、だけど……。ぼくはその漫画をあまり見てないけど、あれは確か元々存在感が薄かった主人公だからできた技だったんじゃないのか……?」

黒子のバスケではそうだよ。だけど、ぼくは少年ジャンプのあらゆる作品を読んでてね。めだかボックスの日之影空洞は知ってるかい?」

「日之影空洞……!?ま、まさか!」

「そう。あの超巨体で迫力満点の日之影空洞は、『あまりに存在感がありすぎるために思わず認識したくなくなる』という特異な性質を持っていてね。これを『知られざる英雄』って言うんだけど……それとミスディレクションを組合わせたのさ」

 

「く、組み合わせ技か……。そんなことができるとは、さすが、やるじゃないか。でも、次こそは必ず仕留めてみせるさ」

「次?何言ってるんだ?」

「え?」

「お前なら、もう切ってるぜ」

 

ぼくはそう言って、木刀を──鞘に収めた。

 

パァアーン!!

 

甲高い音が鳴り響き、神本が着けていた防具の腹の部分が粉々に砕けた。

 

「鼻歌三丁……矢筈斬り!!」

 

ぼくが叫ぶと同時に、神本は地面に仰向けに倒れた。

 

「こ……この技は……」血を吐きながら神本がつぶやく。

「鼻歌三丁矢筈斬りは、剣を当てた数秒後に斬ることができるんだ」

「し……知ってるよ。黒子のバスケは興味なかったけど……少年ジャンプはずっと読んでるからね……。でも、どうして君はそんなに技が使えるんだい……?」

「そりゃ、読みながら愚直に練習してたからだよ。要は姿勢の問題さ。神本、お前は役をもらった時は確かに技を練習したのかもしれない。でもそれじゃダメなんだ。お前は読んでいただけだったんだよ、少年ジャンプをな」

「くっ……」

 

神本は悔しそうに涙を流した。これまでの自分の怠慢を、心から悔いているようだった。

 

「ぼくの完敗だ、タカシ。約束通り、ぼくが未来と何をしたかを……告白しよう」

ぼくはごくりとつばを飲んだ。いよいよ、明かされるのか。

「ぼくは……未来とは、何もしてないんだ」

「な、何だって!?」そんなバカな。

「本当なんだ。ぼくと未来はすごく仲良かったけど、付き合ったことは一度もないんだ」

「嘘だ!だって、未来は日用品を持ってお前の家に泊まったんだろ?それも週3日も!」

「それはゲームしてただけだよ。幼なじみだから泊まってもあんまり変な気分にはならないし。それに」神本は言葉を切って、目を泳がせた。

「それに?」

「ぼくは、巨乳の人じゃないとダメなんだ」

「え?」思わず、声が裏返る。

「ぼくは巨乳の人じゃないと女性として見られないんだよ。でも未来は……全然胸がないじゃないか!」

「何を言ってるんだ?それがいいんじゃないか!」

「うるさい!タカシには分からないよ」

 

あまりにも個人的で偏見に溢れた趣向に腹が立ったけど、こんなことで言い争っている場合じゃないと思い、話を変えた。

 

「で、でも……未来は、『隆之介と付き合ってイチャイチャしたの』って言ってたんだぞ。それが嘘だって言うのか?」

「ぼくは、そうだと思う。たとえば、タカシのためを思ってあえて別れようとしたとか……。何か心当たりはない?」

 

ぼくのためを思ってあえて別れるようにしただって?そんなこと……

 

「あっ……」

「何?」

 

神本が訊いたけど、ぼくは無視した。確かに心当たりはあったけど、そんなこと考えたくなかった。代わりにぼくは質問をした。

 

「じゃあ、なんで決闘なんて引き受けたんだ……?付き合ってなかったのなら、そう言えば良かったじゃないか」

 

神本はふっと笑った。

 

「それは、未来の彼氏が、未来を守るに足る男かどうか確かめたかったからさ……。ぼくは、未来のことが友達として、大好きだったからね……」

 

神本は震えながら右手を伸ばした。

 

「タカシ。君になら……未来を託せる。幸せに……してやってくれよ」

 

ぼくは神本の手をがっちりと掴んだ。

 

「ああ!お前と付き合っていなかったと分かった以上、ぼくは未来とヨリを戻す!そして、必ず幸せにするよ!」

 

神本は穏やかな表情をした。

 

「た……のんだ……よ……」

 

神本の伸ばした腕がゆっくりと下に落ちる。気絶したようだ。

ぼくは固い決意を持って歩き出した。願いを込めた神本の手の平の感触が、右手にずっと残っていた。

未来との別れ

「私たち……もう終わりなの?」
「……うん」
  泣きながら尋ねる未来の顔を直視できず、うつむきながら答えた。重い沈黙の時が流れる。

 

「失礼いたします」

 

 いい具合に店員が静寂を破ってくれた。さきほど頼んだショコラケーキをそっとテーブルの上に置きながら、チラリと未来の顔を見る。渋谷のカフェにいると、やはりある程度の注目は免れなかった。

 ぼくはショコラケーキを見つめながら、ふーっと息を吐いた。

 

「やっぱり……ぼくたち、もう無理だよ。続かないと思う」

「なんで?」

「未来のこだわりには、もうついていけないんだ」

 

 意を決して言うと、未来はバツの悪そうな顔をした。「それくらい」と言いかけるので、思わず制する。

 

「それくらいって程度じゃないだろ。家では服と部屋着とパジャマを分けなきゃいけない、お風呂場は順番通りに水はけしなきゃいけない、ベッドに入る時は足の裏をウェットティッシュで拭かなきゃいけない……そんな異常なこだわりをパートナーにまで押し付けて、守らないといちいち怒るんだもん。悪いけど、もう限界だよ」

 

 未来は眉間に皺をよせ、訴える様な目つきをした。

 

「でも、付き合うとき、そんな私でもいい?って聞いたらいいって言ってくれたじゃない」

「そりゃ、付き合う時はね。最初は愛があったからぼくもそれに全然合わせられたよ。でも3ヶ月も付き合ってそれが日常になってくると、いくらなんでもキツイって」

 

 未来は何か言い返そうとして口を開き、結局閉じてしまった。再び静寂が訪れる。

 気まずさに絶え切れず少しだけ横を向いたら、隣りのテーブルにいる人がこちらを向いているのに気がついた。制服を着た男子高校生2人組だ。「あれひょっとして……」「だよな」と興奮してこっちを見ている。ひとにらみすると、2人ともすぐに首の向きを元に戻した。「誰だよ」と微かに聞こえた気がした。

 

「あと一つ聞いていい?」未来が暗い声で言う。

「何?」

「どうして抱いてくれないの?」

 

 思わずむせそうになった。普通の声量だったけど、耳を澄ましているだろう隣りの男子高校生にはたぶん聞こえている。

 

「最近、私がいくら頼んでも全然抱いてくれないじゃない。疲れたとか明日早いとか言い訳ばっかりして。抱くどころかキスもしてくれないし。私じゃ不満?」

「そ……それは……かみ……と……たから」

 

  我ながら情けないぐらい、声がかすれた。

 

 

「何?聞こえない」

「だから……神本竜之介と付き合ってたって言ったから!」

 

 思い切って言ってしまった。ぼくが未来と続けられない、本当の理由。

 

「え?」未来が目をぱちくりさせる。

「それが……何?」

「1ヶ月くらい前に、実は神本竜之介と付き合ってたって言っただろ……それが嫌なんだよ……」

「そ……それの何が問題なの?もうそれは終わったって言ったでしょ?彼が佐藤ひなこなんていう巨乳女に浮気したからって!信じてないわけ?」

「信じてるよ。でもぼくは、一度も異性と付き合ってない子と付き合いたかったんだよ!」

 

「はあ?」

 

 怒っているのではなく、単純に理解できない「はあ?」だった。眼光は鋭いままだったけど、一度言ってしまえば、あとは言わないでいる方が辛かった。

 

「最初の彼女は、ぼくが初めての彼氏になる人にするって、ずっと前から決めてたんだよ。それなのに、実は神本竜之介と……イチャイチャしてたなんて!」

 

「何よ!私の体が汚れてるって言うの?」 

「違うよ。でも、この綺麗な体を神木竜之介が触ったと思うと、色々考えちゃうんだよ。

それに、もしかしたら他の男ともそういう関係になったんじゃないかとも考えちゃって……。14才の母で三沢春馬と恋人役やって惚れたりしなかったの?探偵学園Qで共演した山崎涼介なんて、コンサートに行ったんだろ?好きなんじゃないか!」

 「それは、『探偵学園Q』で共演して友達になったからよ!」

 

「そうやって言い訳ばっかりして信じられるわけないだろ!これからどう付き合って行けばいいんだよ。ねえ教えてよ。一体誰が好きなの?三沢春馬?山崎涼介?神本竜之介?」

 

「タカシよ!!!」

 

 未来が立ち上がり絶叫した。店中の客がこちらを振り向く。

 

「神本竜之介が何よ!三沢春馬が何よ!山崎涼介が何よ!みんな顔だけじゃない!私はタカシが好きなのよ!!」

 

 

 ついに大声で泣き出す。ぼくは口をポカーンと空け、ただ未来の顔を見つめていた。

店内中の客が口々につぶやくのが聞こえる。

 

「何?」「あの子、もしかして……」「何で泣いてるの?」「あの男彼氏?」「いや、あのコの彼氏にしてはダサすぎでしょ」「じゃあタカシって誰?」「さあ」

 

 呆気にとられたまま、ぼくは声を絞り出した。

 

「み、未来……ごめん、ぼく──」

「もういいわよ!そんなに私のことが信用できないんでしょ!」

「違うよ。ぼくは好きだから、ただ嫉妬しちゃって……」

「今更そんなこと言ったって遅いわよ!そんなにこだわるならずっと一度も付き合ったことない人にこだわってればいいじゃない!だいたい22歳にもなって彼女できたことないってのがおかしいのよ!そんなつまんないことを無駄に気にするのも、あなたが子供だからでしょ?ずっと探してれば?あなただけのお姫様を、50歳になってもずっとね!!」

 

 いくらなんでも言い過ぎだ。ここまで言われてぼくも黙っているわけにはいかなかった。勢い良く立ち上がる。

 

「そんなこと言ったら未来だって同じだろ!うどんは3本ずつとらなきゃだめ?服はたたんでから着る?そんな異常なこだわりに全部合わせてくれる人なんて日本中探しても誰もいないよ!だから神本だって浮気したんじゃないの?やっぱり神本の気持ちが分かるわ!!」

「じゃあなんで私のことを好きになったのよ!!」

「綺麗だからだよ!!」

 

 え、と未来が不意をつかれたような顔になる。え、とぼくも困惑した。感情とは裏腹に、気づけば口をついて出てしまっていた。でも言った途端、未来に対する想いが溢れてきた。

 

「顔はもちろんだけど……魂が綺麗だからだよ!芸能界でどれだけチヤホヤされても謙虚でまっすぐで、努力家な姿に惚れたからだよ!」

 

 未来が口をパクパクする。顔が真っ赤だ。

「もっと言おうか?正義感が強い所!ツナを美味しそうに食べる横顔!なるべく正直であろうとするところ!手作りの料理が美味しいところ!子供のような寝顔!どれも大好きだよ!!」

 

 絶叫だった。ハアハアと肩で息をする。もはや店内中の客全員が一言もしゃべらずぼくたちを見ていたけど、全く気にならなかった。

 

「こっちこそ聞かせてもらうけど、そんなに言うんだったら、未来はなんでぼくのこと好きになったわけ?」

「それじゃ、言わせてもらうわよ」涙をぬぐって、未来は目を見開いた。

「全部よ!優しいところも、真っ直ぐな目も、正義感が人並み外れて強いところも、子供っぽいところも、嘘が下手なところも、キスがうまいところも、全部大好きよ!」

 

 未来も肩で息をし、2人はしばらく黙って見つめ合った。そして、2人同時にえーんと声をあげて泣き始め、抱き合った。

 

「好きだ」

「私もよ」

 

 未来の髪が鼻に当たる。シャンプーの香りがした。いつまでも、こうして抱きしめていたかった。それでも、言わなければならない。

 

「でも」とぼくが言うと、

「もう」と未来が応えた。

「続けられない」

「うん」

「こうなる運命だったんだ」

「そうね」

「お互いの幸せのために」

「別れましょう」

 

 合図もせず、2人は同時に手を放した。再び見つめ合う。ありったけの力を振り絞って、ぼくは笑った。

 

「未来はさ、名前の通り、未来に向かって生きなきゃ駄目だ。こんな、過去を引きずるような男より、もっと良い男と付き合うべきだよ」

「崇史も、こんなわがままな女より、もっと素敵な人が見つかるよ」

「ありがとう。じゃあ、お互いの未来のために」

「ええ」

 

 最後は、2人声を揃えて言った。

 

「さよなら」

 

 2人同時に鞄を手に取って歩き出そうとしたとき、割れんばかりの爆発音が響いた。え、と思い周りを見ると、それは店内中の客の拍手だった。

 

「素晴らしい!2人は素晴らしいです!」

「いいものを見せてくれてありがとうございました!」

隣りの席にいた男子高校生2人が叫ぶ。顔を真っ赤にして号泣していた。他にもあちこちから「素敵ね!」「彼氏も男だぜ!」などと聞こえてくる。

 

「みなさん……ありがとう!」

 

 未来が言い、お辞儀した。ぼくも合わせてお辞儀したあと、男子高校生に向き直った。

 

「君たち……彼女はいる?」

「います」「ぼくはいません」と、2人が口々に答える。

「そうか」ぼくはふっと笑ってから、いないと答えた方を指差した。

「彼女を作るコツは、焦って下手に彼女を作ろうとしないことだ。まずは男を磨け。そしたら、自然と女はついてくる」

「はい!」

「それから君」もう一人の方を指差す。

「彼女に優しくしてやれよ?ぼくみたいに、泣かせないようにな」

「はい!」

 

 2人とも満面の笑みでうなずいた。

 

「じゃ、行こうか、未来」

「ええ」

 

 2人が歩き出すと、拍手がいっそう大きくなった。大勢の人々の笑顔と泣き顔に囲まれながら、ぼくたちは店を後にした。